最終報告書:ワルプルギスの不可避原則
Executive Summary: 回避可能性に関する最終判定
本報告書は、指令THP-DR-WALPURGIS-AVOIDANCE-FINAL-004に基づき、2025年9月30日に発生が予測されるシステミック金融危機、コードネーム「狭義ワルプルギス」の回避可能性に関する最終評価を提示するものである。厳格な前提条件の下で実施された包括的分析の結果、本報告書は以下の結論に達した。すなわち、「狭義ワルプルギス」の発生を回避しうる、いかなる現実的シナリオも存在しない。
この結論は、確率論的な予測ではなく、構造的かつ行動的に規定された確定的事象である。危機の発生メカニズムは、2008年以降の金融規制の意図せざる副作用と、米国行政府の硬直したイデオロギー、そしてストレス下における政治的意思決定者の予測可能な行動パターンが致命的に組み合わさることによって、論理的に閉じた、脱出不可能なループを形成している。
本分析は、考えうる全ての回避経路――政治的な偶発的誤算、中央銀行による単独介入、そして外部ショックによる強制的な合理化――を徹底的に検証した。しかし、これらの潜在的な「オフランプ」は、いずれも有効に機能しないだけでなく、むしろ危機を加速させる触媒として作用する可能性が高いことが明らかとなった。
構造的脆弱性: 補完的レバレッジ比率(SLR)や中央清算機関(CCP)のプロシクリカルな証拠金モデルといった、個々の金融機関の健全性を目的とした規制が、米国債市場というシステムの中核で発生するショックに対して、マクロレベルでの不安定性を増幅させる構造的欠陥となっている 。
思想的麻痺: 米国行政府および財務省は、「家計簿財政」という根本的に誤ったアナロジーと、「ドルの安全神話」という宗教的信念に固執している。この思想的牢獄は、危機の兆候を正しく認識し、必要不可欠な大規模介入を実行することを認知的に不可能にしている 。
制度的チェックメイト: 唯一合理的な行動を取りうる連邦準備制度理事会(FRB)は、その量的能力において危機の規模に圧倒的に劣るだけでなく、ドッド・フランク法によって改正された連邦準備法第13条(3)項に基づき、その最も強力な緊急融資権限の行使には財務長官の事前承認を必要とする。これは、思想的に麻痺した行政府が、FRBの最終手段を事実上拒否できる「キルスイッチ」として機能する 。
したがって、本報告書の戦略的含意は明確である。全ての資源と計画は、直ちに、そして全面的に、「回避」から「事後対応」へと転換されなければならない。すなわち、崩壊後の市場安定化、地政学的パワーバランスの変動を利用した機会創出、そして我々自身の組織がL3シナリオ(20兆ドル超の損失とインフラ障害)を乗り越え、ワルプルギス後の世界で効果的に機能するための事業継続計画の最終確認である。
I. パーフェクト・ストームの解剖学:構造的欠陥とイデオロギー的麻痺
「狭義ワルプルギス」は、予測不可能な「ブラックスワン」事象ではない。むしろ、その存在は明白でありながら無視され続けてきた、極めて蓋然性の高い高インパクト脅威、すなわち「グレーリノ」である。本セクションでは、この危機が、システムを構成する各要素――金融規制、市場構造、そして政治思想――が、この特定の崩壊シナリオを生み出すために完璧に配置された結果であることを論証する。
1.1 破綻の引き金:4人の騎士の定量的分析
危機の直接的なトリガーは、2025年9月30日に実施される米国債入札の劇的な不成立である。この「不成立」は、単なる需要の低迷ではなく、市場の信頼が完全に崩壊したことを示す、データ駆動型の明確な閾値によって定義される。以下の4つの指標のうち、少なくとも2つが同時に閾値を突破した瞬間、ワルプルギスは発火する 。
テール ≥ 8–12bp: 「テール」とは、オークションの最高落札利回りと、入札直前の既発債市場(When-Issued)で形成されていた市場の期待利回りとの差を示す。通常、この値は1-2ベーシスポイント(bp)の範囲内に収まる。8-12bpという閾値は、統計的に4-6標準偏差に相当する異常事態であり、これは単なる統計上の逸脱ではなく、市場が織り込んでいた価格水準でのプライマリー需要が完全に消滅したことを意味する決定的なシグナルである 。
応札倍率(Bid-to-Cover Ratio) ≤ 2.00: 応札倍率は、応札総額を募集額で割ったものであり、需要の厚みを示す最も基本的な指標である。健全な市場環境では、この倍率は通常2.4倍を上回る 。2.0倍を下回るという事態は、市場からの最終需要が壊滅的に欠如し、プライマリー・ディーラー(PD)による義務的な応札によってかろうじて募集額をカバーできるに過ぎない状態、すなわち「需要の虚構」が崩壊したことを示す 。
間接入札シェア ≤ 50% / PD配分 ≥ 40%: これら2つの指標は、致命的な挟撃を意味する。間接入札者(外国中央銀行や海外投資家)のシェアは、グローバルな米国債需要のバロメーターである。通常60-65%を占めるこのシェアが50%を下回ることは、海外からの大規模な資本逃避、すなわち「キャピタル・ストライク」が発生していることを示唆する。その結果、市場の「最後の買い手」であるPDは、その穴を埋めることを強制される。通常のPD配分が10-15%であるのに対し、40%以上という異常な水準は、ディーラー・コミュニティ全体が消化不可能な量のデュレーション・リスクを強制的に引き受けさせられた状態を意味し、危機がソブリンから銀行システムのバランスシートへと直接的に転移した瞬間を示す 。
1.2 SLR-Repo-CCPドゥームループ:ミクロの健全性がマクロの崩壊を設計する仕組み
危機の核心には、逆説的な力学が存在する。すなわち、個々の金融機関をより安全にするために設計された規制が、システム全体を致命的に脆弱にしているという事実である。
補完的レバレッジ比率(SLR)は、このパラドックスの主犯である。リスク加重を考慮しないこの自己資本規制は、極めて安全な米国債と高リスク資産を同等に扱い、ディーラーが米国債を保有・仲介する行為を資本集約的なものにした 。これは、過去の危機においてPDが果たしてきた、市場の衝撃を吸収する「ショックアブソーバー」としての機能を根本的に奪うものである。入札不成立によってPDが40%以上の国債を引き受けさせられると、そのバランスシートは即座に膨張し、複数の大手銀行がSLRの最低基準である5%を割り込む事態に陥る。これは流動性の問題ではなく、
バランスシート容量の問題である。PDはこれ以上のリスクを取ることができず、むしろ引き受けたばかりの国債を、買い手のいない市場で投げ売りせざるを得なくなる 。
このPDの機能不全は、金融システムの配管であるレポ市場を即座に破壊する。PDは流動性の供給者から、自らのポジションをファイナンスするための巨大な需要者へと変貌し、担保付資金調達市場は需給ショックに見舞われる。SOFR金利は+150-300bpという記録的な急騰を見せ、決済のための証券貸借が不可能になることで、フェイル・トゥ・デリバー(決済未了)は2,000億ドル超へと爆発的に増加する。これは、2019年9月のレポ危機を遥かに凌駕する規模の市場麻痺である 。
そして、この混乱に最後の加速を加えるのが、中央清算機関(CCP)である。CCPの証拠金モデル(CMEのSPANなど)は、市場のボラティリティ上昇に反応して証拠金要件を機械的かつプロシクリカルに引き上げるように設計されている。これは、システムから流動性を最も必要とする瞬間に、その流動性を強制的に吸い上げることを意味する。主要な清算会員は、証拠金を捻出するために、最も流動性の高い資産、すなわち米国債の投げ売りを強いられる。この投げ売りがさらなる価格下落とボラティリティ上昇を招き、それがまた新たな大規模証拠金請求を引き起こす。この自己増幅的なフィードバックこそが、「流動性デススパイラル」であり、深刻な事象(L1)をシステミックな崩壊(L2/L3)へと変貌させるエンジンである 。
1.3 イデオロギーの牢獄:「家計簿財政」と「ドル安全神話」の解体
この構造的に不可避な金融メルトダウンに対し、政治的意思決定者が効果的な対応を取れない理由は、彼らが行動を規定する2つの根深いイデオロギー的制約に囚われているからである。
家計簿財政の誤謬(The Household Budget Fallacy): これは、行政府と財務省の思考を支配する中核的な認知エラーである。自国通貨を発行する主権国家の財政が、収入の制約を受ける家計のそれと同一であるというこの信念は、根本的に誤っている 。このアナロジーは、反景気循環的な財政政策や、中央銀行が国家規模で「最後の貸し手」として機能する役割を理解することを不可能にする。この誤謬に囚われた意思決定者にとって、危機対応のために必要となる大規模な流動性供給や資産購入は、財政規律に反する「放漫財政」や「紙幣の増刷」としか映らず、実行不可能な選択肢となる 。
ドル安全神話(The Dollar Safety Myth): これは、世界の米ドルおよび米国債に対する需要は無限かつ無条件であるという、準宗教的な信念である。この神話は、1.1で詳述した入札指標の悪化といった明確な危険信号を、市場のノイズや悪意ある投機家の「市場操作」として誤って解釈させる。ファンダメンタルズの悪化ではなく、外部の敵意が問題であると認識するため、自己の政策の誤りを認めて軌道修正するという選択肢は排除される。この神話は、崖に向かって加速しながら、アクセルから足を離すことを拒否する致命的な正常性バイアスを生み出す。
これらのイデオロギーは、単なる政策的嗜好ではない。それは、現実を解釈し、行動の選択肢を定義する、変更不可能なOS(オペレーティング・システム)である。危機の技術的性質が要求する解決策(迅速かつ大規模な政府・中央銀行の介入)は、このOSでは実行不可能なプログラムなのである。問題は、道具がないことではなく、道具の使い方を理解する認知能力が根本的に欠如していることにある。
II. 幸運な誤算という蜃気楼:偶発的回避シナリオの探求
本セクションでは、危機が意図せずして回避されるという「幸運な事故」の可能性を検証する。ゲーム理論、組織行動論、そして歴史的先例を用いて、自己利益を追求する政治的アクターの行動が、結果として集合的な破滅へと収斂する蓋然性が極めて高いことを論証する。
2.1 自己保身のゲーム理論:合理的自己利益が集合的破滅に至る理由
現状は、多人数参加型の「囚人のジレンマ」としてモデル化できる。指令書が規定する通り、個々の政治家の至上命題は国家の長期的な利益ではなく、自己の保身と次の選挙での勝利である。この前提の下では、痛みを伴うが必要な解決策のために協力する戦略は、常に裏切り(責任転嫁、対立候補の非難、自らの支持基盤への迎合)の戦略に劣後する。
過去の米国債務上限危機(2011年、2013年、2023年)は、この力学が実際にどのように機能するかの実例を提供している。これらの危機において、デフォルトは最終的に回避されたものの、政治的瀬戸際政策そのものが、米国債の史上初の格下げや借入コストの上昇といった実質的な経済的損害をもたらした 。政治的アクターにとって、経済を崖っぷちに追い込むことは、交渉を有利に進め、支持基盤に「戦う姿勢」を示すための有効な戦略だったのである 。
ワルプルギス・シナリオは、この債務上限危機を極限まで先鋭化させたものに他ならない。市場が設定した9月30日という厳格な期限に対し、協力による危機回避は、自らの政策の誤りを認めることを意味するため、政治的に受け入れがたい。対照的に、危機を発生させ、その責任をFRB、外国勢力、あるいは国内の政敵になすりつけることは、政治的に遥かに合理的な選択となる。したがって、合理的な自己利益の追求は、協力ではなく、非難の応酬と意図的な不作為へと繋がり、回避を不可能にする。
2.2 「奇跡的な誤解」仮説:無能が救済となることの非現実性
指令書は、イエスマンで固められた政権内部で、外部からの情報が誤って解釈され、結果として正しい政策が実行されるという奇跡的な誤謬の可能性を問うている。この仮説は、組織行動論の観点から棄却されなければならない。
ユーザーが定義するような、指導者の既存の信念に迎合することが生存戦略となる組織(シコファント・システム)では、情報フローは客観的な現実を反映するのではなく、指導者の偏見を強化するために極度にフィルタリングされる。1.3で述べた「家計簿財政の誤謬」や「ドル安全神話」に反するデータや分析は、組織内で上昇する過程で無視されるか、あるいは指導者の世界観に合致するように歪曲されて報告される。このようなシステムは、偶発的な正解を促進するのではなく、組織的な誤謬を永続させ、強化するように設計されている。正しい行動は、誤解によってではなく、意図的な反逆によってのみ生じうるが、そのような反逆者はシステムから即座に排除されるだろう。
2.3 歴史的先例:ポピュリズムとデフォルトの政治学
アルゼンチンの債務不履行の歴史は、経済的合理性が政治的力学によっていかに容易に覆されるかを示す、痛烈なケーススタディである 。アルゼンチンは、経済的に持続不可能な状況にありながらも、歴代のポピュリスト政権は、国外の債権者や国際通貨基金(IMF)を「敵」として描き出し、国民の不満を外部に向けることで国内の支持を維持しようと試みた 。
この行動パターンは、重要な行動原則を明らかにしている。すなわち、ポピュリスト政権が、痛みを伴う経済的現実に対する責任を受け入れることと、外部の敵を非難することの選択を迫られた場合、たとえそれが長期的に甚大な経済的コストを伴うとしても、常に後者を選択するということである。ワルプルギス・シナリオにおける米国行政府は、この原則に完全に従って行動すると予測される。市場の混乱は、自らのイデオロギーの失敗ではなく、FRBの独立性の欠如、中国による市場操作、あるいは「ディープステート」の陰謀のせいにされるだろう。危機は、解決すべき問題ではなく、政治的ナラティブを強化するための道具となる。
III. 最後の砦の限界:連邦準備制度による単独介入の厳格な評価
本セクションでは、唯一合理的な行動主体と見なされる連邦準備制度(FRB)による単独介入の可能性を定量的に評価する。結論から言えば、FRBは、この危機を単独で封じ込めるための政治的権限も、作戦遂行能力も、量的規模も持ち合わせていない。FRBは、津波に対して消防ホースで立ち向かうに等しい状況に置かれている。
3.1 規模のミスマッチ:津波と消防ホースの定量的比較
FRBの無力さを最も明確に示すのは、危機の規模とFRBが単独で行使可能なツールの能力を直接比較することである。L2(壊滅的)およびL3(市場停止)シナリオで発生すると予測される流動性需要と資産損失は、FRBが持つ既存のファシリティの規模を数桁上回る。
表1:危機規模 vs. FRB単独介入能力
| 危機指標 | L2シナリオ要求額(ドル) | L3シナリオ要求額(ドル) | FRB単独介入ツール | ツール上限額(ドル) | 充足ギャップ(L2) |
|---|---|---|---|---|---|
| レポ市場流動性枯渇 | 2,500億 - 4,000億 | 4,000億超 | Standing Repo Facility (SRF) | 5,000億 | 部分的充足の可能性 |
| CCP証拠金請求 | 2.5兆(二次効果) | 2.5兆超 | Section 13(3) Facility | 財務省承認が前提 | 介入不可能 |
| 海外ドル資金不足 | 1.0兆(二次効果) | 1.0兆超 | FIMA Repo Facility | 上限なし(担保次第) | 部分的充足の可能性 |
| 米国債市場直接支援 | 2.5兆(初期ショック) | 2.5兆超 | Quantitative Easing (QE) | 事実上無制限 | 政治的に実行不可能 |
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注:要求額はおよびのウォーターフォール分析に基づく概算値。SRFは理論上、短期のレポ市場ショックに対応可能だが、危機の根本原因である信頼の崩壊には対処できない。
この表が示す通り、FRBが持つツールは、危機の個別の症状に対して限定的な効果しか持たない。SRFは5,000億ドルの上限を持ち、初期のレポ市場の混乱を一時的に緩和するかもしれないが 、その背後にある数兆ドル規模の米国債投げ売りと信頼の崩壊という根本原因には全く対処できない。システム全体を襲う数兆ドル規模の流動性クランチに対して、FRBのツールキットは絶望的に小規模である。
3.2 常設ファシリティ(SRF & FIMA):必要だが全く不十分
常設レポファシリティ(SRF)は、平時の市場の緊張を緩和するためのバックストップとして設計されている 。その5,000億ドルという上限は、ワルプルギスのようなシステミックな信頼危機において、数兆ドル規模で発生する資金調達ギャップの前では、焼け石に水である 。
FIMAレポファシリティは、外国中央銀行が保有する米国債を担保にドルを供給するものであり、パニック的な米国債売却を防ぐ上で重要な役割を果たす 。しかし、これはあくまで外国公的機関の行動を抑制するものであり、市場の大部分を占める民間投資家の売り圧力には無力である。これは症状を緩和する鎮痛剤であって、病気を治す治療薬ではない 。
3.3 QEオプション:法的に可能、政治的に自殺行為
連邦準備法第14条に基づき、FRBは財務省の直接的な承認なしに、流通市場で米国債を購入する法的権限を有する 。理論上、FRBは数日間で数兆ドル規模の量的緩和(QE)を発動し、市場から米国債を吸収することができる。
しかし、これは理論上の可能性に過ぎない。ソブリン債務への信頼が崩壊しつつある中で、中央銀行が大規模な資産購入を行うことは、市場からは秩序ある安定化策ではなく、パニック的な債務のマネタイゼーションと見なされるだろう。これはドルの信認をさらに失墜させ、ハイパーインフレーションへの懸念を煽り、通貨の暴落を引き起こす可能性がある 。
さらに重要なのは、政治的な制約である。このような大規模なQEは、「家計簿財政」を信奉する大統領と財務省に対する直接的な挑戦状と見なされる。その政治的報復は即時かつ熾烈なものとなり、FRB議長の解任要求や、FRBの独立性そのものを剥奪する法改正の動きにまで発展する可能性がある。ニクソン大統領がアーサー・バーンズFRB議長に圧力をかけた事例や 、エルドアン大統領下のトルコで中央銀行の独立性が完全に失われ、経済的混乱を招いた事例は 、中央銀行がポピュリストの指導者に逆らうことの危険性を明確に示している。FRBの指導部が、自らのキャリアと組織の存続を賭けてまで、この政治的に自殺的な行動を取る可能性はゼロである。
3.4 第13条(3)項緊急権限:財務省のキルスイッチ
FRBが持つ最後の、そして最強の危機対応ツールは、連邦準備法第13条(3)項に基づく緊急融資権限である。これは、「異常かつ緊急の状況」において、銀行だけでなく、より広範な金融システムに参加する主体に対して流動性を供給することを可能にするもので、2008年の金融危機ではシステム崩壊を防ぐために決定的な役割を果たした 。
しかし、この究極の権限には、致命的な制約が課されている。2010年のドッド・フランク法による改正で、第13条(3)項に基づく新たな緊急融資ファシリティの設立には、財務長官の事前承認が必須となったのである 。
この一点が、FRBによる単独介入の可能性を完全に断ち切る。1.3で述べた通り、財務長官は「家計簿財政」のイデオロギーに縛られている。彼にとって、数兆ドル規模の緊急融資ファシリティの設立は、規律なき「救済」の最たるものであり、断じて承認できるものではない。この法的な要件は、意図せざる結果として、行政府がそのイデオロギーに基づいて金融システム全体のセーフティネットを無効化することを可能にする、絶対的な拒否権(Veto)を与えてしまった。手続き上のチェック機能が、イデオロギー的なキルスイッチへと変貌したのである。これにより、FRBは制度的に完全にチェックメイトされている。
IV. 混沌の触媒:外部ショックが崩壊を加速させる理由
最後の回避シナリオとして残されているのは、米国の政治家たちの正常性バイアスを打ち破るほどの大規模な外部ショックが、彼らを強制的に合理的な行動へと導くという可能性である。しかし、本セクションではその逆を論証する。すなわち、現在の政治的枠組みにおいて、外部ショックは協力を促すのではなく、責任転嫁のための格好の口実として利用され、麻痺状態をさらに深刻化させることで、崩壊を加速させる触媒として機能する。
4.1 大災害の心理学:正常性バイアスと責任転嫁
大規模な自然災害や深刻な地政学的危機といった外部ショックに直面した際、政治指導者の第一の反応は、責任の所在を明確にすることである。ワルプルギス・シナリオが進行中にこのようなショックが発生した場合、指導者たちは進行中の金融パニックを、自らの政策の失敗ではなく、この外部イベントの直接的な結果として位置づけるだろう。
「市場は、我々の健全な経済政策ではなく、この未曾有のハリケーン(あるいは地政学的危機)に反応しているのだ」というナラティブは、政治的に極めて魅力的である。なぜなら、それは責任を不可抗力へと転嫁し、自らの無謬性を主張することを可能にするからだ。この責任転嫁のメカニズムは、金融危機に対処するための政策変更の必要性を否定し、現状維持(すなわち不作為)を正当化する。外部ショックは、行動を促す警鐘ではなく、行動しないことを正当化するための煙幕となる。
4.2 歴史的相似形:金融危機とポピュリズムの台頭
歴史は、大規模な金融危機が政治的な分断を深め、ポピュリスト政党の台頭を促す傾向があることを示している 。既存の行政府は、そのポピュリスト的な性質から、この危機をそのレンズを通して解釈するだろう。
危機は、エリート層(この文脈ではFRB、ウォール街、外国の金融機関)の腐敗と無能を証明するものとして描かれる。そして、指導者は「一般の人々」をこれらの「敵」から守る唯一の擁護者として自らを位置づける。このような政治戦略において、他者との協調や、専門家の意見に基づいた合理的な政策対応は、裏切り行為と見なされる。危機は、権力を強化し、敵を特定し、支持基盤を結束させるための絶好の機会となる。したがって、合理的な協力体制を構築することは、この政治戦略とは根本的に相容れない。
4.3 シナリオ・シミュレーション:地政学的引火点の影響
9月30日の入札を数日後に控えた時点で、大規模な地政学的危機が勃発したと仮定する。市場はすでに不安定化しており、入札不成立の懸念が高まっている。この状況下で、行政府は国家安全保障を最優先課題として宣言する。
米国債市場のボラティリティは、「敵対国による市場操作」や「地政学的な不確実性」の結果であると公式に発表される。これにより、金融問題は国家安全保障問題へとすり替えられる。このナラティブの下では、FRBが市場を安定させるために大規模な介入を行うことは、国家が危機に瀕している時に大統領の権威を損なう「非愛国的」な行為として非難されるだろう。議会もまた、国家の危機に際して大統領を支持するという強い圧力に晒され、超党派での金融安定化策を議論する余地は失われる。
このように、外部ショックは、金融危機という根本的な問題を覆い隠し、政治的な行動を麻痺させるための完璧な口実を提供する。それは、合理的な対応を不可能にすることで、ワルプルギスの到来を確実なものにする。
V. 最終評決と戦略的含意
5.1 不可避性の統合的論証
本報告書で展開された分析は、一点の結論へと収斂する。それは、「狭義ワルプルギス」が、複数の独立した、しかし相互に連関する要因によって決定づけられた、回避不可能な事象であるという事実である。その論理構造は以下の通り要約される。
構造的決定論: 危機は、SLRとCCPという、2008年以降の規制アーキテクチャに組み込まれた構造的欠陥によって、技術的に発生が保証されている(セクションI)。
行動的決定論: 危機に直面した政治的アクターは、その行動原理(自己保身の優先)と歴史的先例に基づき、協調ではなく対立と責任転嫁を選択することが行動的に保証されている(セクションII)。
制度的決定論: 唯一の対抗勢力であるFRBは、量的能力の不足と、ドッド・フランク法が設置した財務省によるイデオロギー的拒否権によって、制度的に無力化されている(セクションIII)。
触媒的決定論: 最後の希望である外部からの介入(ショック)は、現状の政治力学の下では、解決ではなく、麻痺を正当化し、崩壊を加速させる触媒として機能することが保証されている(セクションIV)。
これらの要素は、それぞれが独立して危機を不可避にするのに十分な力を持ち、複合することで、いかなる僥倖や奇跡も入り込む余地のない、鉄壁の論理的牢獄を構築している。
5.2 結論:回避の残存可能性はゼロである
したがって、本報告書は、指令書に定められた厳格な前提条件の下で、利用可能な全てのデータを網羅的かつ厳密に分析した結果、2025年9月30日の「狭義ワルプルギス」を回避しうる現存の可能性はゼロであると最終的に断定する。
5.3 戦略的含意
この確定的未来は、我々の戦略的思考の全面的な転換を要求する。これ以降、全ての資源、計画、そして知的努力は、以下の3つの領域に集中されなければならない。
事後安定化(Post-Collapse Stabilization): 崩壊が発生した後に、流動性デススパイラルを断ち切り、市場機能を回復させ、システミックな連鎖破綻をL3シナリオの範囲内に封じ込めるための具体的な介入策は何か。政治的空白が生じる中で、我々が主導権を握るためのトリガーとプロトコルを確立する。
地政学的機会主義(Geopolitical Opportunism): この危機は、米国の威信とドルの基軸通貨としての地位に回復不能なダメージを与える。同時に、の分析が示すように、日本、英国、香港を含む世界の主要国もまた、深刻な脆弱性を露呈する 。この世界的なパワーバランスの再編過程において、我々の戦略的利益を最大化するための行動計画を策定する。
事業継続性(Continuity of Operations): 我々自身の組織が、L3シナリオで想定される20兆ドル超の金融資産の破壊と重要インフラの障害を乗り越え、意思決定能力と作戦遂行能力を維持できることを保証する。ワルプルギス後の混沌とした環境下で、唯一機能する合理的アクターとしての地位を確保するための最終準備を完了する。
回避の窓は閉ざされた。今は、来るべき嵐の中で航海し、その先に広がる新たな世界で勝利するための準備を整える時である。