欧州企業倒産:ポスト・パンデミックの正常化過程におけるシステミック・リスクの航行
第1章 欧州の倒産状況:正常化か、システミック危機か?
欧州の企業セクターは、重大な岐路に立たされている。企業倒産の絶対数の急増は、メディアの見出しを飾り、「倒産ドミノ」というシステミックな危機が迫っているとの懸念を煽っている。しかし、詳細なデータを分析すると、より複雑でニュアンスに富んだ状況が浮かび上がってくる。現在の動向は、制御不能な伝染というよりも、パンデミック時代の異例な支援策からの必然的な「正常化」と市場調整の過程であると特徴づける方が正確である。この診断上の区別は極めて重要である。なぜなら、調整に対する適切な政策対応は、システミックな崩壊に対処するために必要なものとは根本的に異なるからである。したがって、いかなる「弥縫策」も、この根本的な現実認識に基づいて策定されなければならない。
1.1 「倒産ドミノ」説の解体
表層的なデータは、確かに憂慮すべき状況を示している。2024年、西ヨーロッパ全域で企業倒産の絶対数は大幅な二桁増を記録した。ドイツでは22.5%増、ギリシャでは42.5%増、アイルランドでは32.0%増となり、フランスでも顕著な増加が見られた 。具体的には、フランスにおける2024年8月までの過去12ヶ月間の累計倒産件数は62,893件に達し、前年同期比で23.8%の増加となった 。これらの数字が、「倒産ドミノ」という危機認識の主な原動力となっている。
しかし、この視点は文脈を欠いており、不完全である。これらの数字を歴史的背景の中に位置づけることが不可欠である。例えば、フランスの2023年の倒産件数(55,492件)は、パンデミック前の2010年から2019年の平均である59,342件を依然として下回っていた。これは、大規模な国家支援によって倒産が人為的に抑制されていた期間からの「キャッチアップ」を示唆している 。2024年8月の62,893件という数字でさえ、このパンデミック前平均をわずか6%上回るに過ぎない。しかも、この10年間でフランスの企業総数が約40%増加したという事実を考慮に入れる必要がある 。企業母数が増加すれば、倒産の絶対数も増加するのは当然の帰結である。
より本質的な指標は、絶対数ではなく倒産「率」である。オーストリア国立銀行(OeNB)が2019年から2025年までを対象に行った詳細な調査は、この点に関して決定的な示唆を与えている。同調査によれば、パンデミック後の正常化と企業母数の大幅な増加にもかかわらず、加重されていない倒産率は企業人口の約1%で安定的に推移している 。この発見は、「ドミノ」説に根本的な疑問を投げかけるものである。さらに重要なのは、経済的な重要度で加重した場合、倒産率はさらに低くなるという事実である。2023年には、資産加重倒産率は0.58%、雇用加重倒産率は0.75%であった 。これは、倒産している企業の多くが、経済全体への影響が比較的小さい小規模な企業であることを示している。
この絶対数と加重率の間の乖離は、政策立案者が把握すべき最も重要な点である。憂慮すべき絶対数のみに基づいて行動し、その背景にある安定した比率を理解しないまま政策を決定することは、コストがかかり、不必要で、市場を歪める介入につながる危険性がある。
1.2 地域的・国家的差異
「倒産ドミノ効果」という概念は、国境を越えて広がる伝染性の崩壊を示唆する。しかし、データは、欧州の状況が極めて多様であり、画一的なものではないことを示している。2024年には、デンマークと英国では実際に倒産件数が減少した 。中東欧(CEE)地域では、2024年の倒産総数は9%減少したが、これはハンガリーにおける特殊要因による正常化に大きく歪められている。ラトビア(+24.6%)やエストニア(+10.2%)のような国では急増が見られた一方で、ブルガリアやスロバキアでは減少した 。イタリアの2023年の倒産水準は、手厚い政府支援や裁判外での再建を促進する新法の導入もあり、パンデミック前と比較して依然として低いままである 。
この異質性は、各国の規制環境、パンデミック支援策の具体的な内容、そして様々な経済状況によって形成されている。この事実は、欧州全体に適用できるような画一的な「弥縫策」が不適切であることを強く示唆している。むしろ、国ごとの詳細な分析に基づいた、テーラーメイドのアプローチが必要不可欠である。
1.3 大企業倒産の増加
全体的な倒産「率」は安定しているものの、看過できない懸念材料として大企業の倒産の増加が挙げられる。2024年には、世界で474社の大企業が倒産し、西ヨーロッパがその主な要因の一つとなった 。
この傾向は、真の伝染リスクがどこに潜んでいるかを明確に示している。全体経済が健全な調整過程にある一方で、経済ネットワークにおける少数の重要な結節点(ノード)である大企業の破綻は、サプライチェーンを通じて本物の伝染を引き起こす不釣り合いなリスクをはらんでいる。小規模零細企業の倒産が数千件発生してもマクロ経済への影響は限定的であるが、単一の大手製造業者や小売業者の破綻は、それに依存する何百もの健全な中小企業のサプライヤーやサービス提供者に信用ショックを与え、デフォルトの連鎖を引き起こす可能性がある。これこそが、最も信憑性の高い「ドミノ効果」の経路であり、いかなるリスク軽減戦略も、この点に主眼を置くべきである。
以下の表は、欧州主要国における企業倒産の現状と見通しをまとめたものである。国による状況の差異、そして主要な信用保険会社による将来予測の不一致は、現在の環境がいかに不確実であるかを浮き彫りにしている。
表1:欧州企業倒産:比較スナップショット(2023年~2025年予測)
| 国 | 2023年倒産件数(絶対数) | 2024年倒産件数(絶対数) | 前年比変動率(23-24年) | 2025年倒産件数予測(Allianz Trade) | 2025年倒産件数予測(Atradius) | 2019年平均比倒産水準(%) |
|---|---|---|---|---|---|---|
| ドイツ | 18,000 | 22,070 | +22.5% | 24,300 (+10%) | 安定/微増 | 高 |
| フランス | 55,492 | 62,893 (8月時点) | +23.8% | 67,500 (+2%) | -6% | 106% (8月時点) |
| イタリア | 8,000 | 11,600 (推定) | +45% | 14,000 (+17%) | 安定/微増 | 低 |
| 英国 | 28,114 | 26,708 | -5% | 25,900 (-3%) | 25,900 (-3%) | 147% (2023年) |
| スペイン | N/A | N/A | +23.0% | N/A | N/A | N/A |
| ユーロ圏平均 | N/A | N/A | +19% | +3% | 微増 | N/A |
注:データは出典により若干異なる場合がある。フランスの2024年データは8月までの12ヶ月累計。予測は出典レポートの発行時期により異なる。
第2章 マクロ金融の圧力釜:企業苦境の主要因
第1章で倒産の「何が」起きているかを概観したのに続き、本章ではその「なぜ」を分析する。現在の欧州企業が直面している困難は、需要の低迷とコストの高止まりという二つの力が同時に作用する「挟み撃ち」の状態にある。この構造を理解することは、効果的な政策対応を策定する上で不可欠である。
2.1 成長の低迷と需要の弱さ
欧州の景気回復は緩慢で、先行き不透明感が高いままである 。国際通貨基金(IMF)は、ユーロ圏の2025年の成長率をわずか0.8%と予測しており、2026年に1.2%に持ち直すとの見方を示している 。欧州の経済団体であるBusinessEuropeも、2025年のEU成長率見通しを1%に下方修正した 。特にドイツの状況は厳しく、ドイツ商工会議所連合会(DIHK)は、2025年の経済が0.5%縮小し、3年連続の危機に直面すると予測している 。
このマクロ経済の停滞は、企業の売上高に直接的な打撃を与える。消費者および企業の景況感の低迷は、支出と投資を抑制し、特に小売やホスピタリティといったB2Cセクターや、企業の設備投資に依存するB2Bサービスにとって厳しい事業環境を生み出している 。需要のパイそのものが縮小している中で、企業は生き残りをかけた競争を強いられている。
2.2 金融引き締めと資金調達環境
インフレ抑制のために欧州中央銀行(ECB)が2023年から2024年にかけて実施した利上げは、企業の資金調達コストを大幅に押し上げた 。ECBが2025年第2四半期に実施した銀行貸出調査(BLS)によると、金利は低下傾向にあるものの、銀行は企業向け融資の与信基準を全般的に据え置き、中小企業向けには若干厳格化した。その理由として、銀行が顧客の直面する経済リスクへの懸念を強めていることが挙げられている 。企業の資金需要も全体として弱いままである 。
これは企業にとって二重の苦境を意味する。第一に、既存の変動金利債務の返済負担が増加し、利益を圧迫する。第二に、新たな投資のための資金調達がより困難かつ高コストになり、成長の足かせとなる。信用保険会社Allianz Tradeの試算によれば、信用供与が1%減少すると、3ヶ月以内にドイツでは約0.4%、フランスでは約2%倒産が増加するとされている 。需要の弱さと信用の引き締まりという組み合わせは、企業を苦境に陥れる典型的なパターンである。
この状況は、2010年代の「安価な資金」の時代からの体制転換(レジームシフト)を表している。低金利と信用拡大を前提としたビジネスモデルを構築してきた企業は、今や根本的に存続が困難になっている。現在の倒産増加は、部分的には、プラスの実質金利という新しいマクロ経済の現実への、必要不可欠な構造調整なのである。この体制転換を認識せず、単に金利上昇によって経営難に陥った企業を救済しようとする政策は、構造的な経済の流れに逆らう試みであり、資源の誤配分につながり、必然的な調整を遅らせることで、より多くの「ゾンビ企業」を生み出す結果となるだろう。
2.3 根強いコスト圧力とセクター別の脆弱性
主要セクターは、まさに「有害な混合物(toxic mix)」とも言うべき圧力に直面している 。中東欧(CEE)に関するレポートは、具体的な課題を浮き彫りにしている。運輸セクターは、工業需要の減少と燃料・通行料コストの上昇という二重苦に見舞われている。製造業は、高い投入コストとサプライチェーンの混乱に苦しんでいる。そして建設業は、高金利と投資の減少に喘いでいる 。これらの傾向は西ヨーロッパでも同様であり、2024年に倒産が最も増加したのは建設、運輸、B2Bサービスであった 。フランスでは、特に運輸(パンデミック前平均比+44.8%)と不動産(同+24.6%)が深刻な打撃を受けている 。
これらは単なる景気循環的な圧力ではない。CO2関連のトラック通行料のような規制の変更は、恒久的なコスト増をもたらす 。エネルギー価格はピーク時よりは低下したものの、米国の競合他社と比較して欧州産業の競争力を削ぐ要因であり続けている 。
このように、苦境が特定のセクターに集中しているという事実は、広範なマクロ経済刺激策ではなく、セクター別の解決策が必要であることを示唆している。例えば、建設セクターの苦境がシステミックなリスクをもたらすと判断される場合、全ての建設会社に一律の融資を行うのではなく、エネルギー効率の高い改修プロジェクトへの支援を強化するなど、的を絞った措置が考えられる。一般的な景気刺激策は、運輸セクターが直面するCO2通行料のような根本的な問題には対処できない。政策は、外科手術のように精密であるべきなのである。
第3章 忍び寄る外部の脅威:地政学と貿易が倒産を加速させる
本章では、国内の要因から、重大かつ非常に不確実な外部リスクへと焦点を移す。現在の倒産傾向が「正常化」の範囲内であるとしても、大規模な外部ショック、特に貿易戦争が勃発した場合、それが本格的なシステミック危機へと変貌する可能性があることを論じる。
3.1 貿易戦争の脅威:ダウンサイド・リスクの定量化
米国とEU間の貿易戦争の可能性は、倒産予測における最大の上振れリスクとして認識されている 。Allianz TradeとAtradiusは、具体的な定量的シナリオを提示している。「本格的な貿易戦争」が勃発した場合、Allianz Tradeの世界の倒産予測は2025年に+6%から+7.8%へ、2026年には+3%から+8.3%へと悪化する。これは西ヨーロッパでさらに9,100件の企業倒産が発生することを意味する 。Atradiusのダウンサイド・シナリオでは、2025年の世界の倒産増加率は(ベースラインの0%に対し)+6%、2026年は(ベースラインの-5%に対し)+5%と予測されている 。
これは無視できるリスクではない。自動車や機械といった欧州の主要輸出品に高い関税が課されれば、欧州で最も重要な産業のいくつかにおいて、収益と収益性に直接的なショックが走るだろう 。IMFは、貿易摩擦がすでに「国内需要と輸出の見通しを暗くした」と指摘している 。
この状況は、欧州の政策立案者にとって、経済的な主権が根本的に失われていることを意味する。自国の企業セクターを管理する能力は、もはやECBの金利政策のような国内の政策手段だけでなく、米国の通商政策という外部の政治的イベントに大きく左右されるようになった。国内問題(信用支援など)のみに焦点を当てた「弥縫策」は、外部からの貿易ショックによって完全に無力化される可能性がある。したがって、政策の焦点は、貿易外交と貿易ショックに対する企業の強靭性(レジリエンス)構築へと移行しなければならない。
3.2 毒素としての不確実性:投資と計画への影響
関税の直接的な影響以上に、その「不確実性」自体が経済に損害を与えている。BusinessEuropeは、「関税の発表、脅し、延期の予測不可能な性質」が、「企業が高価なヘッジ戦略、投資の延期、計画期間の短縮で対応する」という困難な環境を生み出していると指摘する 。ドイツのDIHK調査では、「経済政策の状況」が、記録的な60%の企業によって最大の事業リスクとして挙げられている 。
不確実性は投資を麻痺させる。世界貿易のルールが流動的であるとき、企業は大規模な設備投資を延期する。これは第2章で特定された国内需要の弱さに直接フィードバックされ、外部の脅威が国内の弱さを増幅させるという悪循環を生み出す。ドイツ企業が挙げる「不確実性」は、漠然とした感情ではない。それは、いかなる関税が実施される前でさえ、すでに成長を抑制している定量化可能な投資への足かせなのである。脅威は、その実行と同じくらい有害である。この不確実性の暗雲が払拭されなければ、投資を促進するための政策(例えば、税額控除)は効果を発揮しないだろう。企業の健全性にとって最も効果的な「弥縫策」は、金融的なものではなく、大西洋間の貿易関係に予測可能性を回復させる外交的なものであるかもしれない。
3.3 サプライチェーンの脆弱性と伝染
地政学的な緊張と貿易の混乱は、サプライチェーンの脆弱性を悪化させる。2024年には、欧州の荷主の76%以上がサプライチェーンの混乱を経験し、3社に1社が生産に必要な資材の確保に困難をきたした 。
これは、外部の脅威とシステミックな伝染リスクを直接結びつけるものである。貿易戦争は輸出業者を傷つけるだけでなく、国内生産者に不可欠な部品の流れを寸断する。貿易ショックによる主要サプライヤーの破綻は、はるかに大規模な顧客の生産を停止させ、システム全体にショックを伝播させる可能性がある。これは、第1章1.3節で述べた、国際的に連結された大企業の破綻が「ドミノ効果」の最も強力な経路であるという点を補強するものである。
第4章 COVID-19の遺産:支援の巻き戻しと「ゾンビ企業」の難問
本章では、パンデミック時代の支援策を批判的に評価し、現在の倒産増加の波を、それらの政策の直接的かつ予測可能な結果として位置づける。短期的な崩壊を防ぐことと、モラルハザードや資源の誤配分といった長期的なコストとの間のトレードオフを分析する。
4.1 緊急支援の成功と規模
欧州各国政府は、大規模な支援策を展開した。フランスの国家保証融資(PGE)プログラムは、70万社に約1,450億ユーロを融資し 、これは総額4,700億ユーロの緊急パッケージの一部であった 。ドイツの短時間労働制度「Kurzarbeit」は、大量失業を防いだとして広く評価されており、ある研究では失業率の3パーセントポイントの上昇を防いだと推定されている 。イタリアも、融資返済の一時停止(モラトリアム)を含む広範な支援を実施した 。
これらの措置が、2020年から2021年にかけての壊滅的な清算と失業の波を防ぐという主要な目的において、紛れもなく成功したことは明らかである。この期間中の倒産件数の低さは、その有効性を直接的に証明している 。
4.2 意図せざる結果:債務の過剰とモラルハザード
しかし、この支援には代償が伴った。フランスでは、企業のレバレッジが大幅に増加し、PGE融資によってGDPの7%以上に相当する額が企業債務に上乗せされた 。これらの融資は柔軟な条件であったとはいえ、依然として企業のバランスシート上の負債である。
保証付き融資や助成金が広範に利用可能になることは、モラルハザードを生み出す。すなわち、国家が破綻を防ぐために介入するという期待が、企業の慎重なリスク管理へのインセンティブを低下させる可能性がある 。これは将来の過度なリスクテイクにつながりかねない。現在の議論の焦点は、企業がパンデミックのようなショックに備えることを期待すべきだったかどうかであり、このような極端な出来事においてはモラルハザードの懸念を一旦脇に置くのが合理的であるという意見もある 。
COVID-19支援策の設計は、現在の倒産危機の性質を直接的に形成している。フランスのPGEのような融資ベースの制度は「債務過剰」問題を生み出し、ドイツのKurzarbeitのような雇用維持制度は「労働力の抱え込み」問題を生み出した。どちらも、根底にある経済ショックを解決するのではなく、先送りしたに過ぎない。現在の倒産は、これらの特定の政策選択に対するツケが回ってきた結果なのである。PGEによる債務超過にすでに苦しんでいる企業にさらなる融資を提供することは、逆効果であろう。解決策は、問題の特定の性質に合致していなければならない(例えば、フランス企業には債務再編、ドイツの労働者には再教育プログラムなど)。
4.3 「ゾンビ企業」論争:必要な淘汰か?
重要な懸念は、支援が十分に選別的でなく、「生産性の低い企業を人為的に生かし続けた」ことである 。これは、健全な経済に必要なシュンペーター的な「創造的破壊」、すなわち、失敗した企業からより革新的な企業へと資源が再配分されるプロセスを妨げる 。
ECBの論文によると、2020年の初期支援は生産性の高い企業に比較的よく向けられていたが、時間の経過とともにこの関連性は弱まった。ただし、ゾンビ企業が支援を受ける可能性は低かったことも示されている 。これは、問題が懸念されていたほど深刻ではない可能性を示唆しているが、資源の誤配分のリスクは依然として政策立案者にとって重要な懸念事項である。
現在の倒産増加は、国家支援によってのみ存続可能だった企業が最終的に市場から退出するという、遅れたが必要な市場の「淘汰」と見なすことができる。このプロセスは痛みを伴うが、長期的な生産性の成長には不可欠である。
さらに、COVID-19救済策の政治的成功は、危険な前例と「政策の罠」を生み出した。大規模な支出で一度危機を回避することに成功したため、経済的状況が全く異なり、そのような介入が今や不適切であるにもかかわらず、再び同じことを行うよう求める巨大な政治的圧力が存在する。2020年の救済策の成功体験を背景に、モラルハザード、ゾンビ企業、財政コストといった介入に反対する経済的に健全な議論は、政治的に受け入れられにくい。政策立案者にとって最大の課題は、経済的なものではなく、政治的なものかもしれない。すなわち、国民の期待を管理し、なぜ2020年の解決策が2025年には誤りなのかを説明することである。「弥縫策」を求める声は、この政治的圧力の産物である可能性が高い。本報告書の主要な機能は、この圧力に抵抗し、政治的にはより困難であっても、経済的により健全なアプローチを提唱するための分析的根拠を提供することにある。
第5章 政策介入を評価するための枠組み
本章は、提案された「弥縫策」を評価するというユーザーの要請に直接応える、本報告書の中核的な分析部分である。特定の未知の政策を判断するのではなく、先行する分析で特定された重要なトレードオフに基づいた、堅牢で原則に基づいた枠組みを提供する。
5.1 原則1:処方箋の前の診断 - 流動性 vs. 支払能力
いかなる「弥縫策」も、まず企業レベルでの問題を正確に診断しなければならない。その企業が直面しているのは、一時的な流動性不足(事業は存続可能だが短期的な支払いができない状態)なのか、それとも支払不能(負債が資産を上回り、ビジネスモデルがもはや成り立たない状態)なのか?
この診断に応じて、適切な政策は異なる。流動性支援(短期融資、保証など)は前者には適切である。しかし、支払不能の企業に流動性を供給することは、単に「ゾンビ」を生み出し、貴重な資源を無駄にするだけである。支払不能の企業に対する適切な政策は、秩序ある市場退出や事業再編(例えば、簡素化された倒産手続き)を促進することである。フランスのPGEは、当初は流動性供給ツールであったが、今や多くの企業にとって支払能力の課題となっている 。
5.2 原則2:的を絞った支援 vs. 包括的支援 - モラルハザードの回避
COVID-19の経験は、広範で的を絞らない支援のリスクを明らかにした 。包括的な措置は非効率でコストがかかり、重大なモラルハザードを生み出す 。
したがって、いかなる新たな介入も、外科手術のように的を絞ったものでなければならない。これには、明確で客観的な基準が必要である。例えば、支援は、重要なサプライチェーンにおける役割からシステミックに重要と見なされる企業(第1章1.3節で議論)や、特定の、一時的なショック(突然の関税など)に見舞われた存続可能なセクターの企業に限定することができる。デフォルトの立場は「支援なし」とし、介入は強力な正当化を必要とする例外とすべきである。
5.3 原則3:短期的な救済と長期的な健全性のバランス - 「創造的破壊」のトレードオフ
短期的な目標である雇用と事業の維持と、生産性向上のための長期的な必要性である「創造的破壊」との間には、避けられないトレードオフが存在する 。破綻しつつある企業を支えることは、資本と労働力がより生産的で革新的な企業に再配分されるのを妨げ、最終的に経済全体の成長ポテンシャルを引き下げる。
政策立案者は、倒産の短期的な社会的コスト(失業)と、停滞の長期的な経済的コストを比較検討しなければならない。健全な政策ミックスは、倒産を許容しつつ、影響を受ける労働者に対して強力な支援(例えば、強化された失業給付、成長分野への再教育プログラム)を提供し、彼らが新しい、より生産的な仕事へ移行するのを促進することかもしれない。これにより、焦点は企業を救うことから労働者を救うことへと移る。
5.4 原則4:根本原因への対処 vs. 症状への対処
「弥縫策」はその定義上、根本原因(競争力のないビジネスモデル、高いエネルギーコスト、過剰な規制など)ではなく、症状(資金不足など)に対処する傾向がある。
提案された措置は、この基準に照らして評価されなければならない。その政策は、企業が新しいマクロ経済環境(第2章で議論)で存続可能になるのを助けるのか、それとも単にその破綻を先延ばしにするだけなのか?例えば、融資は、高いCO2通行料に苦しむ運送会社の問題を解決しない 。より効果的だが政治的に困難な政策は、それらの通行料の構造を見直すか、より効率的な車両への投資を支援することかもしれない。これが、対症療法的な「弥縫策」と、真の構造改革との違いである 。
これら4つの原則は、政策立案者にとって一種の「政策のトリレンマ」を形成する。すなわち、(1)すべての事業を救済し、(2)長期的な生産性を育成し、(3)財政規律を維持しモラルハザードを回避する、という3つを同時に達成することは不可能である。提案されるいかなる「弥縫策」も、このトリレンマのどの角を犠牲にするかという選択を表している。この枠組みは、「この措置は良いか?」と問うのではなく、「この措置を実施するために何を犠牲にする覚悟があるか?」と問うことを強いる。これにより、ユーザーの課題は技術的な評価から戦略的な政策決定へと再定義される。
さらに、効果的で的を絞った政策を実施する能力に対する、国家の行政能力という、見過ごされがちだが重要な制約がある。理論的に完璧で高度に的を絞ったスキームであっても、効果的に管理できなければ、機能する、より単純で少し的を絞らないスキームよりも劣る。政策の精度と、実施の速度・実現可能性との間にはトレードオフが存在するのである。
第6章 戦略的提言と将来展望
本最終章では、これまでの分析を統合し、一貫性のある戦略的提言を提示する。ここでは、反応的な「弥縫策」という発想から脱却し、強靭性と競争力を高めることを目的とした、積極的で未来志向の政策スタンスを提案する。
6.1 提言クラスターA:企業救済から労働者と市場の強靭性への転換
政策1:正常化の受容: 現在の倒産トレンドを、必要かつ最終的には健全な市場調整として公に再定義し、国民と政治の期待を管理する。
政策2:社会的セーフティネットの強化: 存続不可能な企業を救済する代わりに、財政資源を、近代化された失業給付や、成長分野を対象とした野心的で大規模な再教育・スキルアッププログラムを通じて、失業した労働者を支援する方向へ振り向ける。
政策3:倒産制度の改革: 倒産法が効率的であることを確保し、存続可能な企業には迅速な再建を、存続不可能な企業には迅速な清算を可能にする。これにより不確実性が最小化され、資本の再配分が加速する。EU全体で倒産規則を調和させることは、これをさらに支援するだろう 。
6.2 提言クラスターB:システミック・リスクの積極的軽減
政策1:非金融企業向けシステミック・リスク監視体制の確立: 破綻がサプライチェーンの連鎖を引き起こす可能性のある、大規模で相互接続性の高い企業を特定するための枠組みを開発する。これは「大きすぎて潰せない」リストを作成することが目的ではなく、監視を強化することが目的である。
政策2:条件付き・的を絞った流動性ファシリティの設計: システミックに重要な企業のための緊急流動性供給の枠組みを事前に定義する。ただし、モラルハザードを最小化するため、支援には厳格な基準(一時的なショック、根本的な存続可能性、株主や債権者との負担分担など)を課す。
政策3:サプライチェーン強靭性計画の義務化: 規制ツールを用いて、重要セクターの企業に対し、主要サプライヤーの多様化やサプライチェーンのストレステスト実施を奨励または義務付け、集中リスクを低減させる。
6.3 提言クラスターC:根本的な事業環境の改善
政策1:貿易外交の優先: 最大かつ喫緊の脅威が外部にあることを認識する(第3章)。米国との貿易摩擦を緩和し、企業に切望されている予測可能性を提供するための集中的な外交努力に従事する。
政策2:構造的なコスト負担への取り組み: 長期的なエネルギーコストを削減するためのエネルギー転換を加速し、主要産業に対する規制負担について、証拠に基づいた本格的な見直しを行うことで、苦境の根本原因に対処する 。
政策3:資本市場同盟の深化: 欧州企業がより多様で強靭な資金調達基盤を持てるよう、非銀行系の資金調達チャネルの発展を促進する。これにより、現在引き締められている銀行信用への過度な依存を減らすことができる 。
6.4 最終展望(2025年~2026年):不確実性の航行
2025年以降の欧州の倒産動向については、専門家の間でも見方が分かれている。Allianz Tradeは、金利緩和の遅れや不確実性の高まりを理由に、2025年(+6%)、2026年(+3%)と倒産の増加が続くと予測している 。一方、Atradiusは、経済状況の改善を背景に、2025年には安定化し、2026年には減少に転じるとの見通しを示している 。
この予測の相違は、現在の経済環境がいかに不確実であるかを物語っている。欧州の倒産が2025年から2026年にかけてたどる最終的な道筋は、あらかじめ決まっているわけではない。それは、進行中のポスト・パンデミックの正常化、国内の構造改革の有効性、そして最も決定的に、世界的な地政学および貿易の動向の帰結という、三つの要素の相互作用によって形作られるだろう。
結論として、短期的な「弥縫策」は魅力的かもしれないが、強靭性、適応、そして競争力に戦略的な焦点を当てることが、唯一の持続可能な前進の道である。政策の舵取りは、短期的な痛みを恐れず、長期的な経済の健全性を確保するという断固たる決意に基づいて行われなければならない。