コストプッシュインフレとデマンドプルインフレについて

インフレーション、つまり物価が継続的に上昇する現象には、その主な原因によって大きく分けて二つのタイプがあります。

「デマンドプルインフレ」 「コストプッシュインフレ」 です。

これらは経済に与える影響も異なるため、区別して理解することが重要です。

1. デマンドプルインフレ:需要が引っ張り上げるインフレ

・デマンドプルインフレとは?

「デマンド(Demand)」は「需要」、「プル(Pull)」は「引く」という意味です。つまり、経済全体の 需要 (モノやサービスを買いたいという力)が、 供給 (モノやサービスを生産・提供する力)を上回ったときに発生するインフレです。

買いたい人がたくさんいるのに、モノやサービスが足りない状態をイメージしてください。

比喩で説明:大人気のパン屋さん

想像してみてください。街角に新しくオープンしたパン屋さんが、驚くほど美味しいパンを焼くと評判になったとします。

(1) 需要の急増
「あのパン屋さんのパンが食べたい!」というお客さんが開店前から長蛇の列を作り、毎日パンは飛ぶように売れていきます。これが「需要の増加」です。

(2) 供給の限界
パン屋さんは一生懸命パンを焼きますが、窯の大きさやパン職人の数には限りがあり、一日に作れるパンの量(供給)には限界があります。

(3) 価格の上昇
あまりの人気で、少し値段を上げてもお客さんは買ってくれます。あるいは、より高い値段を提示する人に優先的に売られるようになるかもしれません。

これが、需要が供給を引っ張り上げる形で起こる 「デマンドプルインフレ」 です。

・好循環の可能性

このパン屋さんは儲かるので、パン職人の給料を上げたり、新しい設備投資をして生産量を増やそうとするかもしれません。

従業員の給料が上がれば、彼らもまた他のモノやサービスを買うようになり、経済全体が活気づく可能性があります。

一般的に、デマンドプルインフレは景気が良い時に起こりやすく、適度なものであれば経済成長を伴う、 「良いインフレ」 とされることもあります。

・経済への影響:

企業は生産を拡大し、雇用が増える傾向。
賃金も上昇しやすい。
経済全体が活気づく。

ただし、過度になるとバブル経済や、制御不能なハイパーインフレに繋がるリスクも。

(管理通貨制度における 「インフレ制約」 とは、このインフレ率が適切な限度(概ね2%前後)を大幅に超える見通しが立った時に、初めて増税や利上げなどで民間市場から通貨を回収し、借金利息増加で過度な供給拡大を抑制する、という話です)

2. コストプッシュインフレ:コストが押し上げるインフレ

・コストプッシュインフレとは?

「コスト(Cost)」は「費用・経費」、「プッシュ(Push)」は「押す」という意味です。

つまり、企業がモノやサービスを作るための原材料費、燃料費、人件費などの コストが上昇 し、その上昇分を製品やサービスの価格に転嫁することで発生するインフレです。

比喩で説明:パン屋さんの悲鳴

先ほどのパン屋さんで、今度は別の事態が発生したとします。

(1) コストの急増
パンの主原料である輸入小麦の価格が、天候不順や国際紛争で2倍に跳ね上がりました。
さらに、電気代やガス代(パンを焼くための燃料費)も大幅に値上がりしました。これらが「コストの上昇」です。

(2) 価格への転嫁
パン屋さんは、これまで通りの価格でパンを売っていては赤字になってしまいます。
そのため、やむを得ずパンの値段を上げざるを得ません。

これが、コスト上昇分が価格を押し上げる 「コストプッシュインフレ」 です。

・悪循環の可能性

パンの値段が上がったので、お客さんは買うのを控えたり、買う量を減らしたりするかもしれません。

パン屋さんの売上は以前より減るかもしれず、従業員の給料を上げるのも難しくなります。

もし多くの企業が同じような状況になれば、経済全体が停滞する中で物価だけが上がる 「スタグフレーション(不況とインフレの同時進行)」 に陥るリスクがあります。これは便宜上、このように書きますが、厳密にはこれよりもっと悪い状況であることは、先述した通りです。

一般的に、コストプッシュインフレは、 「悪いインフレ」 とされることが多いです。

経済への影響:

企業の収益を圧迫しやすい。
賃金上昇が物価上昇に追いつかず、実質所得が目減りしやすい。
消費が冷え込み、経済が停滞するリスク(スタグフレーション)。

「具体的に何のコストか?」
「原油価格が落ち着いてもコストプッシュは続くのか?」

コストプッシュの要因として原油価格は非常に重要ですが、それだけではありません。

1. コストプッシュの具体的な要因は多様

コストプッシュを引き起こす要因は一つではなく、複合的です。

(1) 原材料価格
原油だけでなく、ご指摘の銅や小麦などの一次産品、木材、鉄鉱石、レアメタルなど、あらゆる製品の元となる素材価格の変動。

(2) エネルギー価格
原油、天然ガス、石炭などのエネルギー資源の価格。これは電気代やガス代、輸送コストに直結します。

(3) 輸入物価(為替レートの変動)
日本のように多くの原材料や製品を輸入に頼っている国では、円安が進むと、同じものを輸入するのに以前より多くの円が必要になり、輸入物価が上昇します。
これが国内価格に転嫁されれば、コストプッシュ要因となります。

(4) 人件費
最低賃金の上昇や、人手不足による賃金水準の上昇も、企業にとってはコスト増となり、価格転嫁の要因となり得ます。

ただし、これはデマンドプル的な側面(好景気による需要増)と結びついている場合もあります。
(なので、 「コストプッシュとデマンドプルインフレの同時進行」 は普通に発生します)

(5) 物流コスト
輸送費、倉庫保管料などの上昇。

(6) 公金負担等(税金、社会保険料(企業負担)等)
消費税をはじめ、自社不動産であれば固定資産税、年金、失業保険、企業年金等の「国による徴収」も、当然、コストに含まれます。
また、税制は原則的に、年度ごとに検討や改定が行われるものであり、そうした税率の増減に対応するためのシステムメンテナンス料金、例えば比喩として用いたパン屋さんであれば、スタッフへのエプロン、トングやトレー、お持ち帰りの袋、箱等の消耗品、陳列棚の清掃、空調管理等の諸経費も、決して無視できるレベルではありません。

2. 一部の原材料価格が落ち着いてもコストプッシュが継続する理由

・影響の遅延(タイムラグ)

原材料価格の変動が、最終製品の価格に反映されるまでには時間がかかります。
例えば、数ヶ月前に高騰した原材料を使って作られた製品が、今になって市場に出てくるというケースです。

・価格転嫁の連鎖と川下への波及

ある分野でのコスト上昇が、徐々に他の分野へと波及していくプロセスがあります。
「川上(原材料に近い分野)」 でのコスト上昇が、 「川中(中間財)」 「川下(最終製品・サービス)」 へと時間をかけて転嫁されていくため、一部の初期要因が落ち着いても、全体の物価上昇圧力はしばらく続くことがあります。

・為替レートの影響の持続

例えば、円安が進行した場合、それが定着すると輸入物価は高止まりしやすく、継続的なコストプッシュ要因となります。
原油価格がドル建てで下がっても、円安が進めば円建てでの輸入価格はあまり下がらない、あるいは上昇することさえあります。

・人件費の上昇圧力

景気回復期待や人手不足から、賃上げの動きが広がり、それがサービス価格などに転嫁される場合、これもコストプッシュの一因となります。

これはデマンドプル的な要素も含む複雑な動きです。

・インフレ期待の定着

一度インフレが起こると、企業も消費者も「今後も物価は上がるだろう」という予測( インフレ期待 )を持つようになります。
企業は先を見越して価格を引き上げやすくなり、労働者は賃上げを要求するようになります。
この期待自体が、自己実現的にインフレを継続させる要因となり得ます。

(現在のコメ価格高騰の一面が、ここです)

・他のコスト要因の上昇

原油は落ち着いたとしても、他の原材料、物流費、あるいは人件費などが依然として上昇基調にあれば、全体のコスト圧力は残ります。

3. 追加の視点:現在の状況と政策対応の難しさ

現在の日本の物価上昇は、当初は主に海外からのコストプッシュ要因(特にエネルギー価格の高騰や円安による輸入物価の上昇)が主導していたと分析されることが多い状況でした。
しかし、最近では、人手不足感を背景とした賃上げの動きや、企業の価格設定行動の変化など、デマンドプル的な要素や国内要因の重要性も指摘されています。

つまり、現実のインフレは、 デマンドプルとコストプッシュの要因が複雑に絡み合って発生する ことが多いのです。

この二つのタイプのインフレは、経済政策の対応も異なります。

デマンドプルインフレ に対しては、過熱した需要を抑えるために、金融引き締め(利上げなど)や財政引き締めが有効とされます。

コストプッシュインフレ に対しては、金融引き締めだけでは企業のコスト負担をさらに重くし、景気を悪化させるだけで物価上昇を十分に抑制できない可能性があります。

この場合、エネルギーや原材料の安定供給確保、生産性向上への投資、サプライチェーンの強靭化といった供給サイドへの働きかけや、あるいは生活困窮者への所得支援などがより重要になるとも言われます。

管理通貨制度の観点からは、政府・中央銀行は、インフレの種類と原因を的確に見極め、それぞれの状況に最も適した政策手段(財政政策、金融政策、供給サイドへの政策など)を柔軟に組み合わせて対応することが求められます。

単に「インフレだから金融引き締め」という一律の対応ではなく、その中身を詳細に分析し、国民生活と経済成長にとって最善の道を探ることが重要です。


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