THP特別日報:ワルプルギスの前夜 (2025年9月30日)
0. 9/30-アメリカ年度末におけるワルプルギス発生確率予測
結論:発生確率は「極めて高い(Critically High)」
本日2025年9月30日に予定されている約4,810億ドルの米国債入札が、システミックな金融危機「ワルプルギス」の直接的なトリガーとなる確率は、「極めて高い」と評価する。これは、入札額そのものの規模(量的問題)ではなく、市場の根幹を蝕む以下の三つの構造的欠陥が臨界点に達していること(質的問題)に起因する。
- 市場の「受け皿」の構造的毀損: 金融危機後の規制(特にSLR)により、本来であれば市場の衝撃吸収材となるべきプライマリーディーラー(PD)の仲介機能が著しく低下している。彼らの米国債落札シェアは歴史的低水準の 4.2% にまで落ち込んでおり、市場の最後の砦としての役割を期待できない。
- 買い手の「質の劣化」と不安定化: PDが後退した穴を埋めているのは、地政学リスクに敏感な海外政府系機関(間接入札者)や、規制外のデジタル金融システムに依存するステーブルコイン発行者といった、性質の異なる不安定な需要源である。彼らの需要は、米国の政治・外交状況の変化や、全く別の市場でのストレスによって、予告なく蒸発する危険性をはらんでいる。
- 政治的・政策的「三重苦」による信認の崩壊:
- 政府機関閉鎖の確定に伴う「データ・ブラックアウト」は、市場の羅針盤を奪い、不確実性を極限まで高めている。
- トランプ大統領の気まぐれな関税政策の乱発は、米国の政策そのものが予測不能なリスク源であることを露呈させた。
- これらに対する市場の反応として観測された「ドル売り・金買い」の動きは、米国の「安全な避難先」としての地位が、すでに根底から揺らいでいることを示す決定的な兆候である。
「失敗」の再定義
本日のリスクシナリオにおける「失敗」とは、単なる技術的な札割れ(発行額に応札が届かない事態)のみを指すのではない。たとえ形式的に入札が成立したとしても、その内容が「テールの大幅な拡大」「応札倍率の著しい低下」「PDへの異常な高配分」といった惨憺たる結果であった場合、それは市場の信頼が完全に失われたことを示す「事実上の失敗(de facto failure)」と見なされる。この「事実上の失敗」こそが、ドルの信認を最終的に破壊し、世界的な流動性危機(カスケード・コラプス)の引き金を引く、真のワルプルギスである。
9月29日までの市場動静は、この三重苦がすでに深刻なダメージを市場に与えていることを示唆している。したがって、本日の入札が、この傷ついたシステムにとって耐えられない最後の一撃となる可能性は、否定できる材料が何一つない。
1. 総括:三重苦が収斂する特異点
2025年9月30日、世界の金融市場は、アメリカという一つの「特異点」へと引き寄せられる形で、それぞれが異なる緊張を内包したまま取引を終えた。欧州は米国発の政治リスクを前に固唾をのみ、東京は静けさの裏でリスクヘッジを進め、中国は政策主導の二極化経済を映し出した。
この日の静けさは極めて欺瞞的であり、市場の伝統的なボラティリティ指標は、水面下で進行するシステミックリスクの増大を捉えきれていない。市場の根幹をなす米国債システムの構造的脆弱性は、今この瞬間も侵食され続けている。
本日の状況は、以下の三つの巨大な圧力が臨界点に達した一日として記憶されるだろう。
- 政治的機能不全 (Political Dysfunction)
- 予測不能な政策 (Unpredictable Policy)
- 金融システムの構造的脆弱性 (Structural Market Fragility)
市場は今、隠されていたリスクが一斉に噴出する金融の「ワルプルギスの夜」の瀬戸際に立っている。
2. 各市場動静
欧州市場:嵐の前の静けさ
欧州市場は、米国での政府機関閉鎖の期限が迫る中、全面的なリスクオフムードに包まれた。主要株価指数(STOXX 600, CAC 40, DAX)は軒並み小幅に下落した。
- 表層: 報道ヘッドラインは「米政府閉鎖を警戒した小幅安」と伝えた。
- 深層: この動きはパニックではなく、投資家が「様子見」に徹している状態を示す。最大の懸念は閉鎖そのものより、それによって米国の雇用統計などの重要経済指標が発表されなくなる「データ・ブラックアウト」への恐怖である。FRBも市場も「視界ゼロ」での航行を強いられることへの不確実性が、市場を機能不全に近い静けさに陥らせている。
欧州市場が見せたのは、これから来る嵐を前に、息を殺して待つ姿であった。
中国市場:「二つの中国」の物語
国慶節の大型連休を前に、中国市場は政策主導の「K字型」経済を鮮明に映し出した。
- 新中国(New China): 国家が支援する半導体(例:SMIC)やEVといったセクターは、香港市場で熱狂的に買われた。
- 旧中国(Old China): 不動産不況に喘ぐセクター(例:中国海外発展)や、国内消費の低迷に苦しむ銘柄(例:美団、貴州茅台酒)は下落を続けた。
公式PMIが縮小圏に留まる一方で、民間PMIが拡大を示すなど、マクロ指標自体がこの二重構造を裏付けている。10月1日から8日まで市場が閉鎖されることは、この期間に発生しうる外部ショックに対する緩衝材を一つ失うことを意味する。
東京市場:静かなるリスクヘッジ
東京市場の日経平均株価は小幅な値動きに終始し、一見すると平穏を保っているように見えた。しかし、その内部では明確なリスクヘッジの動きが進行していた。
- 買われたセクター: 国内の金融政策正常化への期待から、三菱UFJフィナンシャル・グループなどの金融セクターが買われた。
- 売られたセクター: 米国の景気減速や関税政策の脅威に直接晒されるソフトバンクグループ、アドバンテスト、ホンダなどのハイテク・輸出セクターが売られた。
このセクター間の乖離は、市場が「米国の脆弱性」を静かに、しかし確実に織り込んでいる証左である。
3. アメリカの特異点:三重苦の構造
A. 政治的機能不全:「データ・ブラックアウト」
9月30日深夜、暫定予算案は可決されず、10月1日からの政府機関の一部閉鎖が確定した。今回の閉鎖が過去と根本的に異なるのは、雇用統計やCPIといった最重要経済指標の発表が遅延する「データ・ブラックアウト」を引き起こす点にある。これにより、市場とFRBは「目隠しで飛行する」ことを強いられ、不確実性が極限まで高まる。さらに、トランプ政権がこの機に乗じて連邦職員の恒久的な解雇を検討しているとの報道もあり、行政機能の深刻な毀損につながる恐れがある。
B. 大統領の気まぐれ:予測不能な関税政策
トランプ大統領による関税政策の乱発が不確実性を増幅させている。医薬品や映画などへの追加関税をSNSで突如発表する動きは、政策決定プロセスの予測不可能性を露呈させた。
このリスクの源泉が米国自身であるため、投資家は伝統的な安全資産であるドルと米国債を同時に売却し、金を新たな安全資産と見なす動きを強めている。9月29日にはドル指数が下落し、金価格は史上最高値を更新。これは米国の「安全な避難先」としての地位が根底から揺らいでいる危険な兆候である。
C. 市場構造の毀損:弱体化したプライマリーディーラー
金融危機後の規制(特にSLR)により、米国債市場の根幹を支えるプライマリーディーラー(PD)の仲介機能が構造的に毀損している。かつて新規発行の8割を吸収していたPDの落札シェアは、今や4.2%にまで激減した。
この空白を埋めているのは、地政学リスクに脆弱な海外政府(間接入札者)や、規制外の暗号資産市場に依存するステーブルコイン発行者といった、性質の異なる不安定な買い手である。市場の最後の砦が弱体化する中で、米国財務省の資金調達は、かつてなく危険な構造の上に成り立っている。
4. ワルプルギス予測(10月1日〜8日)
これら三重苦が重なる10月第1週は、金融の「ワルプルギスの夜」が現出する完璧な舞台となる。
- 序曲(10月1日〜2日): 政府閉鎖とデータ・ブラックアウトの現実化。市場は不確実性を織り込み、株安・ドル安・金高が進行。中国市場の不在により、流動性が低下し価格変動が増幅されやすい。
- 混沌(10月3日〜6日): 雇用統計が発表されない初の金曜日を迎え、不確実性はピークに達する。焦点は短期金融市場に移り、資金調達ストレスからSOFR金利などが急騰する可能性がある。弱体化したPDは仲介機能を果たせず、最初の「フラッシュクラッシュ」の引き金となりうる。
- ワルプルギスの夜(10月7日〜8日): 週明け、資金調達ストレスが継続し、レバレッジをかけたプレーヤーのポジション強制解消(投げ売り)が始まる。PDが売りを吸収できないため、価格が急落。この混乱を好機と見たトランプ大統領がSNSでさらに市場を煽る発言を行う可能性がある。
この時、政治的不安が短期金融市場の構造的脆弱性を突き、それが資産価格の暴落を引き起こし、さらに政治的な介入を招くという、制御不能な負のフィードバック・ループが完成する。10月第1週は、現代金融市場が内包するリスクが最も露わになる、極めて危険な一週間となるだろう。