プレリュード ― お金の配管
「ドルの死」と、それを見えなくする二つの思い込み
ワルプルギスの警告がなぜ届きにくいのか。その型を静かにほどいていきましょう。
1. 多くの人を縛る「家計簿で国を測る」勘違い
「国の借金はとてつもなく大きい」「税金こそが国家の収入源だ」。そんなふうに、国の財政を家計簿になぞらえて語る声を耳にします。ここでは便宜上、この考え方を 「家計簿財政」 と呼びましょう。
けれども、それは本質的な取り違えです。国は自分の通貨を発行できますが、個人や家庭はそうはいきません。この決定的な違いを見落とすと、「緊縮しなければ」「ベルトを締めなければ」と政策の舵を誤りがちになります。前のページでも触れたように、税はむしろ国債という借用書を落ち着かせ、景気を整えるためのバルブとして働きます。
つまり「家計簿財政」という視点こそ、現代のお金の仕組み(フィアット制)を理解するうえで最初の壁になっているのです。
2. 「ユーロの中身はドル」という驚きの事実
ユーロは独立した欧州の通貨に見えます。けれども金融の舞台裏では、実はアメリカドルに深く頼り切っています。国際金融の決済はドルを基軸に行われ、欧州の銀行も日常的に莫大なドル資金を回しています。
だからこそドルの信用が揺らぎ、アメリカの金融が止まれば、ユーロも無傷ではいられません。 ドルの運命とユーロの運命は、見えない糸で絡み合っている のです。ワルプルギスが「欧州を巻き込む世界的危機」と語られる理由はここにあります。
3. ワルプルギスが告げる「ドルの死」とは
「米国債の一次市場が止まる」――なぜこの出来事が、大きな分岐点になるのでしょうか。それは、その瞬間がすなわち 「ドルの死」 を意味するからです。つまり、 「ドルはいつまでも安全だ」という神話が崩れ去る 瞬間なのです。
米国債は世界で最も安全な資産(リスクフリー)だと信じられてきました。だから各国の政府も投資家もドルを手に入れ、ドルは基軸通貨としての地位を保ってきたのです。
ところが、アメリカが自国で資金(国債)を調達できなくなる事態は、その信頼の根っこを崩します。「絶対に安全だと思っていたものが、実はそうではなかった」と世界が悟る。これこそがワルプルギスの真の怖さなのです。
警告が届かないのはなぜ? 二つの強い「正常性バイアス」
これほど深刻なリスクなのに、どうして多くの人が耳を貸してくれないのか。その理由は、思考を縛る二つの強力な 「正常性バイアス(思い込み)」 にあります。
- ドル神話のバイアス: 「アメリカが破綻するはずがない」「ドルが無価値になるはずがない」という長年の刷り込みが、目の前の危機を「そんなことは起こらない」と片づけさせてしまいます。
- 家計簿財政のバイアス: 「国の財政も家計と同じ」という誤った常識が、通貨の信用という本質的なリスクを見えなくしてしまいます。
これら二つのバイアスはあまりに強く、真剣に取り合ってもらえません。私たち自身も無力さを感じますし、THP という取り組みも、まだ十分な答えを示せていないのが現状です。